見た目を変えるんやない|40代からの脱毛は、無駄を減らす自然な選択

40代になってから、体力の回復に違和感を覚えるようになった。
無理はギリできるけど、疲労がサッと戻らない。
そんな微妙な変化を、日常の中で少しずつ感じ始めた。
「このまま気づかないふりをしてたら、
大切にしたい時間にも影響が出るかもしれへん。」
そんな不安が、ふと頭をよぎった。
実際、40代は見た目よりも「生活の快適さ」「ムダの排除」が
大きなテーマになってくるタイミングや。
この記事では、
「なぜ40代で脱毛を考えたのか」
「脱毛=自己投資ではなく、小さな無駄の排除」
そんなリアルな体験を通して、
同じように脱毛に興味を持ち始めたあなたに
ちょっとした気づきを届けたいと思う。
もし今、脱毛に興味はあるけど、
「なんで自分が興味持ったんやろ?」と感じているなら、
この先を読めばきっと、心のどこかがスッと軽くなるはずや。
体力の感覚と子育て
40代に入って、体力がじわじわ減ってきた気がする。
ギリ一瞬は無理できる。
けど、前みたいに疲労がサッと戻らんくなった。
無邪気で無限の好奇心を持つ長男と遊んでると、
「もう一回!」の無限ループ。
こっちはヘロヘロ、あっちは元気満々。
こんなふうに、
大切にしたい時間ほど、体力が必要になる。
だからこそ思ったんや。
「余計なところで消耗してる場合ちゃうな」って。
小さな無駄を、少しずつ減らしていこう。
そんな気持ちが、自然と芽生え始めた。
小さな無駄を見直してみる
普段、何も考えずに続けてること。
実は、そこに「無駄」が潜んでるかもしれへん。
たとえばヒゲ剃り。
- 毎日生えるヒゲ
- 毎日剃る作業
- 替え刃を買うコスト
振り返れば、メリットなんてほぼない。
ただ「生える→剃る」を延々と繰り返すだけ。
これ、百害あって一利なしやん。
ラットレースからの脱出を目指して
生える→剃る→また生える。
このラットレースみたいな流れを考えたとき、
自然と行き着いたのが、ヒゲ脱毛やった。
別に、美意識に目覚めたわけでもない。
外見を変えたいわけでもない。
ただ、
「こんな無駄、無くなってくれたらいいのにな」
そんな素直な気持ちからやった。
脱毛は小さな無駄の排除
脱毛は、人生を劇的に変えるためのもんやない。
見た目を磨き上げるためのもんでもない。
ただ、
毎日の無駄をひとつ減らすための選択肢。
それで十分やし、
今の自分には、それがちょうどいい。
脱毛に興味を持った自分を肯定していいねん
もし今、
「なんで脱毛に興味持ったんやろ?」って思ってるなら、
それはきっと、
「無駄を減らしたい」っていう自然な気持ちが芽生えた証拠や。
べつに、美意識を高めたわけでもない。
かっこよくなりたいわけでもない。
ただ、
ちょっとだけ毎日をラクに、心地よく生きたい。
そんな気持ちに素直になっただけや。
それでいい。
それが、40代からの脱毛の、いちばん自然なかたちやと思う。
「無駄を減らす」って、言葉にすると小さいけど、
実際の生活では、自分に向き合う時間がちょっとずつ増えていった。
でも正直、そんなふうに考え始めたのはつい最近のことやねん。
子どもや家族のことを優先するのが当たり前やと思ってたから、
「自分のことを考える」なんて、思いつきもしなかった。
その時のことも話しもまとめてる。
もし興味あったらちらっと覗いてみてな。
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